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磯部詩碑公園の詩碑

ページID:0002038 更新日:2023年7月18日更新 印刷ページ表示

阿部 真之介(1884〜1964)

明治17年、富岡市に生まれる。東京帝大社会学科卒。後、新聞界に入り、九代目NHK会長に就任する。自らを、日本恐妻連盟総裁と称して、『恐妻とは愛妻のいわれなり』という名言を残した。生前、磯部温泉を愛し、折りある毎に来磯し、『恐妻そば』を食べたという。

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阿部 真之介恐妻碑

阿部真之介恐妻碑の画像

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松坂 一(1920〜1951)

松坂 一音楽碑

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大手 拓次(1887〜1934)

大手拓次の画像
明治20年、碓氷郡磯部に生まれる。早大英文科卒。
詩誌「朱欒」に「藍色の蟇」「慰安」を発表し、その後、「ARS」「近代風景」など北原白秋の詩誌を中心に作品を発表する。怪奇豊麗な幻夢と暗鬱な香気を漂わす詩風で、犀星・朔太郎とともに、白秋門下の三羽ガラスと言われた。
初期筆名:吉川惣一郎

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大手 拓次詩碑

大手拓次詩碑の画像1大手拓次詩碑の画像2

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萩原 朔太郎(1886〜1942)

明治19年、前橋市に生まれる。第六高等学校卒。後、北原白秋門下生となり、雑誌「感情」を刊行する。大正6年に出版した、詩集「月に吠える」をはじめ「青猫」「純情小曲集」「氷島」などによって、日本近代詩上に新境地を開き、”近代詩の父”と呼ばれた。

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神保 光太郎(1905〜)

山形市に生まれる。京大文学部卒。詩人、日大教授。「四季」「現実」「日本浪漫派」「至上律」同人。著書詩集翻訳多数。

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保田 与重郎(1910〜1981)

東大文学部卒。日本浪漫派詩人。評論家として「みやび」の伝統を継承。著書「英雄と詩人」他多数。

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岡田 太京(1895〜1971)

明治28年、安中市に生まれる。本名、郷二郎。磯部で居酒屋を営む。幼い頃から、句作を始め、紅燈の巷にあって、女性の相談相手をつとめるなどして、遊女の心の琴線に触れた作品が多い。朝日新聞俳句賞(全国大会第一位)

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室生 犀星(1889〜1962)

明治23年、金沢に生まれる。高等小学校を中退後、金沢地方裁判所の給仕をしながら俳句・詩を作り、18歳の時「文章世界」に小品文「阿辺の初春」が入選掲載される。大正2年「ザンボア」に詩を発表、北原白秋に認められた。代表作に詩集「愛の詩集」「抒情小曲集」小説「あにいもうと」「女の図」「杳っ子」等々がある。

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山口 薫(1907〜1968)

明治40年、群馬県箕郷町に生まれる。東京美術学校西洋画科卒。フランス・イタリアなど各国を歴訪し、帰国後、昭和34年に自由美術協会を設立する。また、モダンアート協会を結成、38年には、東京芸大教授となる。

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水原 秋桜子(1892〜1981)

東大医学部卒。窪田空穂・高浜虚子門下を経て「馬酔木」主宰。1965年芸術院会員。

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北原 白秋(1885〜1942)

明治18年、福岡県に生まれる。明治・大正・昭和を代表する天才的詩人。拓次・朔太郎・犀星その他、多数の詩人を育てる。43年、処女詩集「邪宗門」を出版、小曲集「思い出」歌集「桐の石」を相次いで出す。大正7年、児童芸術雑誌「赤い鳥」を創刊し、新しい童謡運動をおこした。

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巌谷 小波(1870〜1933)

明治3年、東京麹町平河町に生まれる。明治・大正期の代表的な児童文学者。17歳で尾崎紅葉の硯友社にはいり、処女作「真如の月」を発表。杉浦重剛の樫好塾に学び、大町桂月、江見水蔭と塾内文学三羽ガラスと呼ばれた。後、「日本昔噺」「日本お伽噺」「世界お伽噺」等をつぎつぎに発表した。

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村上 鬼城(1865〜1928)

慶応元年、鳥取藩士の長男として江戸に生まれる。7歳の時、高崎に住み、11歳で母方の村上家の養子となる。正岡子規に俳句を習い、明治40年に「ホトトギス」に初めて投句し、俳名が高まった。その句は気力と気迫を底に秘め、読者の襟を正させるものだという。明治・大正俳壇における一方の雄と評された。

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若山 牧水(1885〜1928)

明治18年、宮城県東白郷村に生まれる。明治・大正の歌人。38年、尾上柴舟らと車前草社を起こし、「創作」を編集創刊。その歌風は、感傷的・叙情性の濃いものであったが、後、しだいに自然歌人としての自己を確立していく。「海の声」「秋風の歌」「山桜の歌」等、数多くの歌集がある。

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久保田 万太郎(1889〜1963)

劇作家・小説家・俳人。明治22年、東京浅草に生まれる。劇作家・小説家・俳人。俳号暮雨のちに傘雨。慶大文科卒。一貫して、東京下町の市井の人々を描き、その世界は広くないが特色ある文体で、独特の詩的な情趣を描きだしている。小説「末枯」、戯曲「大寺学校」など。

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吉野 秀雄(1902〜1967)

明治35年、高崎市新町の絹物問屋「吉野藤」に生まれる。大正13年、病気のため慶大中退、歌人を志す。会津八一に師事し、「天井凝視」「苔径集」等の歌集に、直情実直な作品を結晶させ、「寒蝉集」で花壇に認められた。読売文学賞受賞。書や随筆でも一家をなす。

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川田 順(1882〜1966)

明治15年、東京下谷竹町に生まれる。明治・大正・昭和の歌人。明治30年、佐々木信綱の門に入り、浪漫的なやわらかな叙情をみせる。特に旅の歌に、すぐれたものが多い。「鷲」「国初聖磧歌」で第1回の芸術院賞をうける。「川田順歌集」がある。

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湯浅 半月(1858〜1943)

安政5年、安中市に生まれる。明治・大正・昭和の詩人。同志社大神学部卒。同志社大教授、牧師、京都府立図書館館長等をつとめた。詩集「十二の石塚」は創作個人詩集として、日本最古のものといわれる。日本最初のヘブライ学者、また図書館学の樹立者でもある。

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