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町北遺跡~発見された東山道と古代の役所施設~
町北遺跡ってどんな遺跡?
今から約1300年前、現在の安中市とほぼ同じくする地域は碓氷郡と呼ばれていました。
安中市の新庁舎を建てる際に見つかった町北遺跡では、飛鳥・奈良時代に整備された東山道駅路や役所施設、瓦が大量に捨てられていた大穴などが発見されました。
碓氷郡の役所に関連する遺跡は町北遺跡より北へ300mほどに位置する植松・地尻遺跡でも見つかっており、町北遺跡周辺が古代碓氷郡の中心地であったことがわかります。
また、都(現在の奈良県や京都府)と地方を結ぶ重要な道路として整備された東山道駅路は、碓氷郡を通っていたと考えられてきました。
今回の調査では、初めて東山道駅路が発見され、大きな注目を集めることとなりました。
町北遺跡は古代の安中市の中心域や交通の実態を知るための重要な遺跡となっています。
もっと詳しく知りたい方は令和5年度に実施した現地説明会資料をご覧ください↓
町北遺跡の現地説明会資料 [PDFファイル/3.33MB]

町北遺跡の位置と周辺の航空写真

庁舎と遺跡の位置関係
町北遺跡の軌跡 ~ 発掘調査風景 ~
左:発掘前の東山道、右:総柱建物の発掘風景
発見された大量の古代瓦

現地説明会では多くの見学者の方にご来訪いただきました
令和6年度に実施した追加調査では竪穴建物2軒が見つかりました
町北遺跡と新庁舎の共存
発見された東山道と役所施設の一部は、新庁舎の計画を変更して保存されることとなりました。
発見された東山道は新庁舎の南側に復元され、往時の姿を現在に伝えています。
